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危険と予見

原発の対応がどんどん後手後手になっている気がする。

医療の世界で言うなら、最初に最悪の事態を想定して
インフォームドコンセントを行う。事態をつかみきれていないのに
「まあ大丈夫でしょう」とは言わないし、「今は大丈夫でも
最悪〇〇だった、ということが時間の経過と共に分かってくることがあります。
それを想定しながら☐☐で様子を見ます」とか
「こういう可能性があり、死亡することがあります」とか、初めに言っておく。

回復が遅れたり、合併症の問題が起きたりしたときも
「それを視野に入れておく」ことをあらかじめ説明しておくことで
患者さんや家族は納得する。

初めに説明がなく、「大丈夫です」と言っておきながら
後になって「こんなことになるなんて」ということになったら
治療を受ける側は騙されたと思うし「聞いてない」という
「初めに聞いてればこうしたのに」という思いで信頼はなくなるのだ。


「先を読んで対応する」今回の事故にはこれが無いように感じる。
避難圏の指示の仕方、放射性物質が巷に出たときのこと、
「大丈夫」「大丈夫」どっこも大丈夫ではない。
「言うとパニックになるからって秘密にしてるんじゃないのか」
みんなが疑心暗鬼になり、噂が先行し、物資を届けてもらえなくなり
支援がなくなり孤立し…と、デフレスパイラルに陥っている。

そもそも、原発を作ったら事故になったときにこういう事態になるから
その他の発電でまかなえるだけの電力に、とか言うこともなく、
原発のいい所だけを布教し、各所に作り、国民はオール電化にし、
各部屋にエアコンを設置し、エレベーターを使わずにはいられない
高層ビルで仕事をし・・・ 

便利で豊かな生活には電気は不可欠なものとして位置づけられている。

ここらでそれぞれが考えないといけないのではないか。
使う電力、目的、工夫、将来のこと、などなど。

家畜や野菜の微々たる放射能汚染がどうとかなんとか言っておきながら
雨が降ったときの対応なんか誰も言わない。
誰も合羽なんか着てないし、多少の雨ならいいか~と
傘さえさしていない人だっている。

ところが野菜は乳児と成人を同等と捉え、過敏な反応をする。
「ほうれん草が」と言われればほうれん草だけが<産地を問わず>
出入り禁止になる。洗えば大丈夫だって言ってもダメだし
産地が関係ないって言ってもダメ。

え?他のもんはいいんだ?
フーン。安いからって農薬たっぷり外国産買ってるくせに。
1年通してどんだけほうれん草だけを食べ続けるつもりで
控えるんだ?もうアベコベ。

そもそも自分ばっかりそんなに長生きしてどうするつもりなのか知らないけど
わけのわからない噂や風評に流されすぎ。
生産者は何を心の支えにして生きていけばいいのだろう?と思ったら
胸が苦しい。

水道水だって同じだ。
野菜にくっつくぐらいなんだから、水にだって混じることぐらい普通にわかる。
1年通して飲み続けた場合の量を考えて、問題ない、という見解だけど
途中で「なるべく摂取しないほうが望ましい」なんて言ってしまうもんだから
またしても買占めが起きる。水道水に多少混じることぐらい、普通にわかるだろう
(わからなくて慌てる人もいるけども)。

それだけ右往左往しているのだ。

なぜそんな風評被害が出るのかといえば
「説明責任を果たしていないから」だと思う。
「初めに、先を予見した正しい説明をしていれば、
右往左往することもない」これに尽きると思う。

今回のことはチェルノブイリ級(もしくはそれ以上)です、と初めに言っていない。
匂いも音も色もない放射能の恐ろしさを、あいまいな説明で誤魔化そうとしたと
取られてもしかたがない。

信頼関係がまったく成立していないのだ。

政府はパニックを恐れず、「最悪の事態」を先に国民に認識させること
報道は煽らず、冷静に事実を淡々と報道すること
国民は噂に惑わされることがないよう、今を一生懸命生きること

それぞれの役割の中で、予見性を持った行動が必要ではないかと思う。



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